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2013年3月15日 (金)

真珠湾攻撃と情報戦。

本日夕食時、犬HKの集金人が今までの受信料未納分を支払ってくれと徴収しに来た。当然支払う意向はこっちには無いし、大体「売国奴、反日放送局」に払う気は毛頭ない。だから、そいつ(若造)に向かって「日本国の放送局のくせに特亜の手先になっている時点で金を払う気はない。愛国心の欠片もない左翼NHKは二度と来るな!」とドア越しに怒鳴ってしまった。夫曰く「売国奴、出てゆけ!」ともっと強く言えばよかったな!なぁ~んていつものノンポリ野郎が急に愛国野郎に変身していた;;;;

まっ、そんなこんなで犬HKの中にも特亜の連中はウンジャリコと生息していて、日夜半日番組を放送続けている。サブミナル効果でもって少しずつ国民を洗脳し続けている。そんなことも分からず受信料を払い続けているバカ国民も国民である。

        ☆

ハルノートという日本を震撼させた覚書以前に、日本を対米戦に導く八項目の行動が覚書として残っている。

 

<日本を日米開戦に導く8項目>

1)太平洋の英軍基地、特にシンガポールの使用について英国との協定締結。

2)オランダ領東インド(インドネシア)内の基地使用及び補給物資の取得に関するオランダとの協定締結。

3)中国の蒋介石に可能な、あらゆる援助の提供。

4)遠距離飛行能力うを有する重巡洋艦一個船隊っを東洋、フィリピン

またはシンガポールへ派遣すること。

5)潜水船隊2隊の東洋派遣。

6)現在、太平洋のハワイ諸島にいる米艦隊主力を維持すること。

7)日本の不当な経済的要求、特に石油に対する要求をオランダが拒否するように主張すること。

8)英帝国が日本に対して押し付ける同様な通商禁止と協力して行われる、日本との全面的な通商禁止。

 

このマッカラムの8ヶ条が作成されたのが、1940107日。ハル・ノートは、19411126日に野村大使から電報で最後通牒を送る。事実上の開戦は翌日1127日、すでに米国側が前哨地帯の諸指揮官に戦争の警告を発し、戦争態勢に入ることを命令していたのである。

 

つまり、米国は自ら手を汚さず、1941128日の真珠湾攻撃を日本にやらせたのである。リメンバー・パールハーバーなど、チャンチャラおかしいのだ。

 

そして、マッカラムの8ヶ条はルーズベルト大統領の了承を得て翌108日より組織的に実行に移されて行くのである。

 

日本は、知日派である海軍情報将校アーサー・マッカラム少佐の罠にマンマと引っ掛かり戦争への道を突き進んで行くのだった。

 

戦争とは情報戦である。

日本の暗号など、全て傍受され、日本から送り込まれていたスパイ (森村正こと吉川猛夫海軍少尉、リチャード琴城戸)は泳がせられていた。当然、打電された電文は英訳され1945年から46年にかけて上下両院合同調査委員会に提出されてる。

原文)

発:東京(豊田)宛:ホノルル発令日時:1945924日 J-19 第83号 極秘以後、艦船については出来うるかぎり、次の線に沿って報告されたい。

1.真珠湾内の水域を大きく五つの区域に分ける

A区・フォード島と海軍工場との間の海面

B区・フォード島の南と西の、島に隣接する海面

C区・東の入り江

D区・中央入り江

E区・西の入り江で水路になっている海面

2.軍艦と空母にについては錨泊中のもの、波止場、浮標に繁留中のもの、入渠中のものも報告されたし(簡単に艦種と級を指示せよ。出来得れば、同じ波止場に2隻以上並んでいる繁留しているときは、それも報告されたい)。

これは、爆撃計画命令作成の為に東京から発信された電報の原文である。127日、撃墜された日本機から「敵艦停泊状況報告スケッチ」が回収されていた。ミクシーでしか、このスケッチ図は掲載できないが真珠湾攻撃前日にそんな大事なものを回収されるなんて、日本の情報戦は最初から勝算がなかった訳である。

それに、なぜ?米国が真珠湾攻撃を知りえたのか?

暗号傍受や電報解読だけではない。

致命的な現実が日本国内で起こっていたのだ!

 

つまり、漏洩である。

 

下記の文章を読んで頂きたい。この情報によりホワイトハウスは歓喜に浸ったのだから。

 

1941124日、山本五十六が真珠湾攻撃計画の立案を開始していた一方で、フランク・ノックス海軍長官が真珠湾の危険性について警告していた。彼はハワイ海軍基地が日本による空爆、魚雷攻撃、破壊工作、潜水艦攻撃、ハワイ海域への機雷施設及び日本艦艇からの砲撃に対して弱点を抱えている点について具体的に案じていた。

 

山本が信頼している海軍将校たちの真珠湾攻撃計画を打ち明けてまもなく、東京の米国大使館に真珠湾攻撃が漏れた。大使館の3等書記官マックス・W・ビショップがある日、ナショナル・シティー・バンク・オブ・ニューヨークの東京支店で、円をドルに両替しようと窓口に並んでいた。肩を叩かれて振り向くとペルーの日本駐在行使シュライバー博士が立っていた。なぜか、シュライバーが奇妙な情報を教えてくれたのだ。

 

「米国と対立した場合、日本は軍事的資産を全て投入して、真珠湾を攻撃することを計画している」と、、、、、!

 

「銀行の片隅で話をすることは決して珍しいことではないし、外交官は誰でも情報を集めるのが仕事である」と、後に証言している。

 

ビショップは米大使館へ戻り、急務、国務省宛に秘密電報を打電した。翌127日の朝、国務長官コーデル・ハルかこれに目を通したのである。

 

以後、この情報をマッカラムは知るのであるが、自分の計画した通り事が運ぶことに一抹の不安が過ったのか、この情報は「噂の域をでない」と信用しなかった。

 

が、しかし、もう既に遅し、戦争兆発行動八項目覚書に述べてある通り、ハワイ攻撃は望むところだったのだ。

 

マッカラムは日本で育った若者として、日本人が奇襲を好む傾向があることを知っていた。なぜなら?5歳のころ1904(明治37)2月、日本の水雷艇隊が旅順港外のロシア艦隊を奇襲した。日露戦争を知っていたからであるある。

 

日本人の中にいて、日本人を良くも悪くも熟知していたからこそ、日本国を戦争に向わせる「戦争兆発行動八項目覚書」なるものが出来上がったのだと思うのである。

 

真珠湾攻撃からわずか4日後の19411211日から実際に何が起きたのか、重要書類が全て隠匿され始めた。勿論、「マッカラムの8ヶ条」も日本からの暗号解読文書、全て破棄をし始めたのだ。

 

この事実を米国民が知れば、ルーズベルトは失脚だ。ナゼ故に知っていて真珠湾を攻撃させたのか!と青年将校達のつけ上げは免れない。いや、全国民を敵に回すことになり兼ねない。

 

19458月、日本が降伏すると、その2週間後に海軍が真珠湾攻撃以前の傍受記録を全て秘密文書として分類し、一般への公開、閲覧を禁止してしまった。

現在残ってる「マッカラムの8ヶ条」はマッカラム少佐の個人データから発見されたもである。

 

このように、情報戦が如何様にも戦争の勝敗を握るかお分かりだと思います。物理的戦争(ドンパチ)より、スパイ工作、情報漏洩、等々が一番恐いのだ。日本の大企業や政界、マスコミ、メディア、芸能界、など特亜やロシア、米国のスパイがいてもオカシクは亡いのだから。

 

そうそう、特許事務所の半径1キロメーターには特亜のスパイが1万人居ることをお忘れなく。そして、特亜の手先犬HKもご注意を~~~~~

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