注意:本日の日記はいつもより長いです。そして、脳味噌足りなすぎで支離滅裂なワタシである。
昨日、衆院で『臓器移植法案A案』が可決された。
これで『脳死は人の死』という世界一般の常識が、我が国でも通用する可能性がでてきた。
でも、ワタシはちょっと懐疑的に思う。
というのも、そんな大事なことを12年間もほったらかしにして滑り込みセーフでもって可決ってなんなの?ということ。
いつ、麻生政権が潰れるやしない状況なのに、参院で通過するか甚だ疑問ではないか。
参院で否決されて衆院に戻ったって、その時今の政府が存在していなければ廃案になる可能性もある。
こういった人の生き死に関する重要な法改正は、もっと早くすべきだったんぢゃないの?!
与党勢力が強固だった時代にすべき。
なんで衆参逆転な時にするんだろうか〜
そして、この12年の永きにおいて、日本の移植技術は立ち後れたと言うことを考えてほしい。この法案が成立したって諸外国のように臓器移植環境を整えるのは数年はかかるんではないかと専門家も危惧しているのだから。
☆
自分の考えは『脳死は人の死』だと思っている。
冷たいようだが、個人的には『救える命』を常に優先に考えた方がいいと思っている。どう考えてみても脳死で寝たきりの植物人間を『人間』と認めることは到底無理だからだ。
普通、人間とは自発的呼吸でもって生きて食物を自分で摂取して排泄して脳味噌で思考して行動する。
これが人間の定義であるとワタシは思っている。
「脳死は人の死」臓器移植法改正、A案が衆院通過
http://www.asahi.com/politics/update/0618/TKY200906180210.html
↑
やっと日本も世界の仲間になれたということだけど、ワタシに言わせれば遅きに失した感想だ。
散々っぱらタイマイのお金を積んで米国やドイツで『特別日本枠』でもって優先的に移植させてもらったんでしょうに。
国内法が世界の基準に遅れている為、助かる筈だった外国人の子供の命もその間助からなかったと言うことだ。
脳死を人の死と認めない人って、そのことについてどう思っているのだろうか?亡くなっていった米国やドイツの子供たちを可哀想だと思わないのか?!
縦んば、この法改正が参院で通過して法案が成立しても、その後、変な反対団体が『ドナーカード』所持について妨害(人権メディア)してくるような気がしてならない。
イヤ、既にそういう関係団体が医者や専門家を抱き込んでこんな本まで出版している。
↓
http://www.sairosha.com/h-mook1.htm
それと、「ノン・ドナーカード」なるもんも存在している。
↓
http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpBiet/ndc.html
要はさ、一刻も早く助けないといけませんよといっている人間を優先にすることが植物状態の人間の人権を侵害していると言いたいんだよね。いやいや、そもそも脳が死滅していても心臓は稼働しているんだからそのように生きてる人間の臓器を取上げてしまうなんて殺人だ!って、人の死の定義の解釈でもって認めないと言いたいのだよね。
それ以外にも、脳死は認めるけど臓器移植自体を認めない『自然の摂理尊重派』というオカシナ人々や、医師を信用できないとか費用高過ぎる!とか、なんでお前だけ助かるんだ!というトンデモない言いがかりを言う人とか、オカルトっぽい宗教かかった人とか、いい加減にしろ!ってぇ〜の。
皮肉なことに、医学が日進月歩で進んだお陰で大昔では亡くなっていたものを(人工呼吸器)生き返らせるようになった。それはそれで素晴らしいことなんだろうが、逆に『生と死』という境界線が曖昧になってしまった。病院に搬送されれば100%助かるんだといった患者側の過度の思い込みが一方では医師を追いつめてしまっているからだ。
どう考えても助からないのに、医師に懇願すれば生き返るかのような強い思い込みと奇跡がが起ることを切望する『科学とスピリチュアル』のゴチャマゼ状態。
なんなんだ、これって。
そういった身内を抱えている家族の方々の気持ちは理解できないことはないが、どんなに身体が成長したっていつかは死が訪れるのだ。人工呼吸器を永遠に続けるとしても面倒を看れる時間が永遠にあるわけがない。ある意味、その家族の人々の心や精神的な成長も止めることになるのではないのか。
奇跡や脳を回復させる療法ができるまで待つつもりなのでしょうか?
ワタシには、全然理解できない。
昨日もドナー側の家族と、脳死状態側の家族がテレビで取上げていたけど、正直、自分の娘の臓器を人に移植した親御さんの発言にはとても感動しました。
娘さんが臓器提供を決断したことで多くの患者さんが助かったと言うことがとても嬉しいとお父様は言って居られた。
娘さんの死は無駄ではない。それどころか移植された患者さんの体で今も生きているのだと。
なんか、凄く感動してしまった。
これが、日本以外の諸外国の人々の普通の考えなんですよ。
あるお医者さんが言ってたけど、献血する人が日本はあまりにも少ない。国内で輸血する多くの血液は、外国の人々の献血だということ。
そう言った意味でも、日本人は自分だけ助かれば他の人は関係ないという文化が成り立っている、献血だってままならないのに臓器提供なんて難しい。
ワタシも含めてだが、自分ばかりではなく、自分のできる範囲内で人に貢献奉仕する心が日本人には抜け落ちているのではないかとつくづく思った。
それと、問題なのが、日本人独特な『死生観』を医療の現場に持ち込んでいることだ。
日本人の良い所でもあり悪い所である『全て万物には魂が宿っている』というスピリチュアルな考え方だ。
だって、神社なんかそうだよね、人間や馬、キツネ、がいつの間にか『神様』にされたりするんだから。
そういう土壌があるのか、脳死移植反対の人々に『人の死はどんなものですか?』と聞くと、『身体に宿られし魂が天界に昇られる時デス。』と、真顔で言われることである;;;;;もう、だめぼ・・・・orz
肉体より魂を優先するって、一体これって・・・・・・・
霊魂ってどこにあるんだ?!
こういう人達は、こうも言うだろう。
『肉体を奪われてしまったら、生き返った時魂が戻れなくなる;;;』
とね、みんなまとめて脳神経外科にいってよし。
つまり、日本の常識は世界の非常識なんですよ。
某国のように「人間は猿から進化した。」と歴史教科書に書けば『ふざけるな!人間は神様が造られたのだ。私達の先祖はアダム&イヴです!』と騒がれるのと同じ次元だ罠;;;
つうことで、こんな日本に誰がした!と憤っているワタシなんだが、脳死問題とはある意味『日本国憲法(9条順守)』と似ているんだよね。
『魂』尊重という崇高な精神こそ素晴らしいのだ!
世界がどうこう文句言おうが、肉体よりも魂を優先した精神論が正しいのです。ですから、日本国内の臓器移植はダメですが脳死を認めている諸外国での移植は構いませんよ。w
というように、自分さえ助かれば諸外国の人間の魂の尊厳なんて関係ねぇ〜よ、金はタンマリあるんだ臓器移植お願いしますね。
といった身勝手な自己中国家主義なのだ。
それを『国防』に置き換えると、平和平和友愛友愛と叫んでおられる人々の主張がそくっくりそのまま当てはまる。
今時、軍隊がなくて、縦んばあっても戦争放棄の条項が憲法にある国ってあるのかね?!
きれい事だけ宣ってイザ先制攻撃されたら、他国の軍隊に金払って助けてもらうお調子者。
国民は血を流さず、他国の若者の血が流れる。
そういうことは目をつむって唯々『平和が大事です。』と主張する。
言ってることとやってることが矛盾しているのだ。
どうにでも解釈して今まで誤魔化してきたのだ。
そっくりぢゃないか。
現実を見ないで理想ばかり宣う、何も国内で解決できない『のほ〜〜〜〜ん」』と酷似してませんかね?!
と言いながら、ワタシも含めてだけど。
何事にも無関心で、いつもその場の雰囲気で流される国民が一番悪いんだと思う。
なんか、久々の長い日記でした。 m(_ _)m